2018年10月10日

牧之原交流会報告

長谷川(シス情M2)です。
9月4~6日に行われました静岡県牧之原市でのボランティア交流会について報告します。
4日朝8時半ごろ阪急六甲を出発して、台風から逃げるように神戸から離れました。途中、西名阪道を通っている最中から雨が降り始め、伊勢湾岸道が風により通行止になったため、下道で愛知県入りしました。通行止期間を抜け高速道路に入りましたが、あまりに風が強いため高速道路を降り岡崎から東名自動車に入りました。
本来であれば例年通りくりやまで懇親会の予定でしたが、台風で中止となりました。焼肉の予定がなくなり、私たちは静岡名物さわやかのハンバーグを食べに行きました。目の前で切り分けてくれるパフォーマンスは溢れ出る肉汁と香ばしい匂い、油の爆ぜる音で食欲をそそられるので、静岡県に行かれた際はぜひご賞味ください。チェーン店ではありますが、静岡県内にしかありません。

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岩谷(理2)です。
2日目は午前9時ごろに宿を出発し、浜岡原子力発電所、原子力防災センター(オフサイトセンター)、静岡空港の3か所を見学しました。
浜岡原子力発電所には現在5つの原子力発電炉がありますが、1号機、2号機は廃炉作業中、3号機、4号機、5号機は稼働させるための審査の途中であるそうです。
原発は海に面しており、南海地震の際には津波が心配されており、原発の周りを流れる川二つからの遡上も警戒してとても高い(地上22m)防波壁が築かれていました。昨年も一緒に見学されたという方の話によると、毎年毎年新たな設備が加えられて行っているそうです。 また、防波壁のみならず、原発の敷地内には様々に災害対策が何重にも築かれており、”多重性”を大切にしているということでした。
次に見学した原子力防災センターは、地震が発生し、原子力災害が発生した場合、関係機関が共同して対策を行うオフサイトセンターとしての役割と、浜岡原発周辺の環境放射線の監視などを行う環境放射線監視センターとしての役割を一つの建物に集約したものです。
1階には浜岡原発周辺と静岡県内のいくつかの観測所で常時観測している環境放射線や、農畜産物や海産物などの放射能を測定する施設が備わり、何か異常がないか常に監視をしておられました。2階にはオフサイトセンターという、原子力災害が発生した際、国や県、市町、電力会社などそれぞれのチームテーブルと、全体会議を開くためのテーブルが備えられ、非常時にすぐ対応ができるように用意がされていました。 またオフサイトセンター内には1週間は持つようにと水や食料が備蓄され、仮眠のためのスペースやシャワー室、記者会見室などが設けられ、疲労がなるべく蓄積しないようにという配慮もされていました。
そのすぐわきには静岡空港があり、近くの展望台からは牧之原市と隣の吉田町を見ることができました。現在増築中であり、とてもきれいなつくりでした。静岡空港は韓国、中国からの国際線があり、多くの観光客がいらっしゃいました。お土産屋さんの店員さんが流暢に中国語を話していたのが印象に残りました。
牧之原市は東海地震が発生すれば、大きな津波の被害に遭います。外国人観光客にも防災情報を伝えられる設備があるのかが気になりました。

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角口(国人・1)です。
二日目について書いていきたいと思います。まず、朝にボランティアコーディネーターの鈴木さんに宿まで迎えに来ていただき、浜岡原子力館に案内されました。館内で浜岡原子力発電所の概要、原子力発電の必要性などの説明を受けました。その後、館外を案内していただきました。バスに乗り、防波壁を見に行きました。防波壁は東日本大震災の影響による津波によって福島第一原子力発電所が被害を受けたことを踏まえて以前よりも4メートル高くしたそうです。その後、用意していただいていた昼食をとり、原子力防災センターへ向かいました。時間が押していたので概要のみの説明となりました。まず、オフサイトセンターという応急対策やその訓練が行われている階に行きました。オフサイトセンターでは、テレビ映像も行われる会議室や仮眠室、記者会見室などがありました。次に、環境放射線監視センターがある階に行きました。常に放射量を図っている設備や、対象物の放射能量を計測している設備などがありました。原子力防災センターを後にし、富士山静岡空港に向かいました。空港から少し離れたところに石雲院展望デッキがあり、そこで飛行機の離陸を見ようと試みましたが、残念ながら時間があいませんでした。
個人的な感想といたしましては、原子力発電所についての知識を深めてから参加すべきだったと思いました。

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春名(理3)です、牧之原交流会での交流会の報告をさせていただきます。
まず、今回の当初の予定は牧之原についた日に牧之原ボランティアコーディネーター(VC)の方々との懇親会、翌日に交流会という予定でしたが、初日が台風のため中止になってしまい、交流会は懇親会を兼ねた食事会となりました。
まずは自己紹介(18:00~21:00)。学生側の自己紹介から始まり、質問飛びまくりで1人あたりだいたい15分。今回学生は5人での参加で、1時間以上かかってますね…美味しいごはんでお酒もすすみ、話題はいろんな方向に逸れていきます。例えば午前中に行っていた原発の話、VCの方のあいだでも賛否両論でしたが、実際に発電所が身近にあるからかどちらがよりいいかそれぞれしっかり考えておられる印象を受けました。その後やっと牧之原VCの方の自己紹介で、ボランティアに関わったきっかけを話していただきました。
それぞれ自己紹介も終わって本題に入ろうかという21時、そろそろお開きの時間です…、話し足りないことも沢山ありましたがまたそれは次の機会に、ということで交流会は以上となりました。
今回の交流会はほぼ懇親会のみとなりましたが、食事会の3時間、いろんな話ができて有意義な会となりました。交流会の報告は以上となります。
posted by 神戸大学学生震災救援隊 at 10:52| Comment(0) | 救援隊 | 更新情報をチェックする

2018年09月09日

山元町派遣報告

こんにちは、冨士原(工2)です。8月25日~8月27日に救援隊員が10名ほどで行った、宮城県山元町での活動について報告させていただきます。
救援隊の山元町での活動は、2012年から毎年続けさせていただいているのですが、今回は山元復興ステーションの方とご縁があって行くことが決まりました。昨年度も訪れた桜塚住宅団地で、まちびらきイベントとしてのお祭りが行われるということで、そのお手伝いをさせていただくことになったのです。
このお祭りが8月25日にあるので、前日に山元町に入っておく予定だったのですが、あいにくの台風で1日遅れのスケジュールになってしまいました。
1日目の早朝、神戸から仙台までは飛行機で移動し、そのあとはレンタカーを利用しました。お祭りでは地元の方が屋台やステージ出演をすることになっており、私たちは早めに到着して役員さんや業者の方と協力して準備を行いました。私たち自身も、子どもたちにバルーンアートを配ったり、ステージの司会をさせていただいたりました。昨年、足湯をしに訪れたときに比べ、にぎわいがより増しているように感じました。
2日目には、ボランティア団体IVUSAさんの活動にお邪魔しました。数年前から地元の方とともに沿岸部で松林作りを進めており、今回はその整備作業ということでした。こちらの準備不足でご迷惑もおかけしてしまいましたが、とても楽しい時間でした。IVUSAさんは50人ほどで行動しており、大規模だからこそできることがあるのだと実感しました。一方、神戸を中心に活動を続けている私たちだからこそできる活動についても考える機会になったと思います。
3日目には再び桜塚住宅団地に向かい、集会場で住民さんに足湯をさせていただきました。その中で現在の山元町の様子や、住民さんそれぞれの背景について聞くことができました。お祭りのように、みんなが出てこられる機会がなかなかないという声もありましたが、今回住民さん同士がゆっくりお話をする時間も作れたのではないかと思います。
この日は、被災の様子が残されている中浜小学校や旧山下駅跡を見学し、夜になってから帰路につきました。
長く続いてきた山元町への派遣について、隊員の中ではその意義や継続性について悩んでいる人もいました。しかし、今回の活動で新しい出会いや気づきがあり、改めてポジティブに考えていくことができると思います。私個人としても、外に出て行くことの大切さを感じられた3日間でした。
これにて報告とさせていただきます。
posted by 神戸大学学生震災救援隊 at 15:15| Comment(0) | 救援隊 | 更新情報をチェックする

2018年09月07日

2018年7月豪雨 広島派遣の報告

こんばんは、冨士原(工2)です。先日8/20~8/22に、6名で広島県三原市での災害ボランティア活動に参加してきましたので、その報告をさせていただきます。

今回は20日の午後に自動車で出発し、福山市で一泊。21日の朝に三原市に着き、ボランティアセンターの受付に行きました。
この日は個人宅の片づけをお手伝いすることになり、個人参加の方々とともに現地に向かいました。母屋と納屋がありましたが、どちらも1階部分がまるまる浸水していたそうで、泥やごみをかき出す作業を行いました。9時に受付をしてから14時には撤収という、休憩も含めれば短い作業時間でしたが、暑い中での力仕事はなかなか過酷なものでした。なんとか泥出しはひと段落したものの、家は壁がはがれていたりと大きな被害を受けており、まだまだ作業の手が必要な状態でした。継続的に関わっていけないことには、少し歯がゆさを感じました。活動終了後は、尾道市に移動して一泊しました。

22日は、21日とは別の個人宅の片づけに参加することになりました。こちらは家の中はきれいでしたが、庭や側溝、玄関扉といった周囲が汚れてしまい、清掃や泥出しをしてほしいとのことでした。くもりで作業がしやすく、また人手と道具が多くあったこともあり、予定よりも早く作業を完了しての撤収となりました。その後、ボラセンに戻ってからは避難所になっている小学校への物資の運搬をお手伝いし、温泉に入ってから帰路につきました。

私が今回の活動で印象的に思ったことは、「支援する人を支援する体制」の重要さです。
ボランティアセンターでは、活動先で使うスコップなどはもちろん、飲み物やタオルが用意されていて、活動の後にはしっかり休ませてもらえるようになっていました。指定された温泉に無料で入れるというサービスも利用させてもらいました。もちろん、マッチングを受けてすぐに困っている住民さんのもとへ向かうことができるのも、ボラセンの方々が資材や情報を管理している努力のおかげでしょう。こうした体制に私たちボランティアも支えられているのだと思います。
また、地域による被害の差も印象に残りました。「県」や「市」といった大きなくくりで被災地と呼ぶことは簡単ですが、実際には地区や住宅によって被害の度合いは様々です。あまり被害がなかったところから来られている県内のボランティアもたくさんいらっしゃいました。一方、特に報道がされていない、被害が少ないと思われているような地域の中にも、困っている人はいるはずです。意識せず、被災地に対して偏見を持ってしまっているかもしれないと考えると少し恐ろしい気持ちがしました。
posted by 神戸大学学生震災救援隊 at 21:54| Comment(0) | 救援隊 | 更新情報をチェックする